それは大いなる勘違い

自分に与えられた仕事上の役割や役職が、あたかも自分の能力であるかの如く勘違いする人が時々いるので困ってしまう。

  • システム開発の上流工程を担当するようになった。
  • 派遣社員や協力会社に指示を出すようになった。
  • 開発担当からチームをまとめるリーダ役に代わった。

人望厚く周囲から尊敬される形で仕事をするのなら良いもの、これが自分の実力だと誤解した人は、やたらと態度が大きくなって周囲に威張り散らすようになるのでたちが悪い。そんな豹変ぶりを見ていると、この人の本性は所詮この程度のものなのかとガッカリしたりする。

もちろん、そのような役割を持たない人に比べたら多少なりのスキルは有るのかも知れないけれど(だからこそ任命されたわけだ)、任せてみれば実は誰にでも出来るものであったりすることが多く、抜てきの理由が「上司に気に入られたから」「単なる人事ローテーション」という程度のこともある。

本当に優れた普遍的なスキルを持つのなら、会社や組織、上司やメンバが変わっても同じように力を発揮できるはずだけど、そんな人は稀であり、多くの場合、大した力を出せなくなってしまうようだ。そんな凋落の場面を目にすると、役職や地位とはやはり特定の範囲内でしか役に立たないものだったのかと思い知らされてしまう。

IT業界の場合、特に「上流工程」とか「下流工程」と言った用語に問題があると思っている。「上流=偉い、出世」「下流=下請け、悲惨」という認識が幅を効かせているようでは、ソフトウェア産業の未来も暗い。優れた人格を持つ開発者なら、どのような地位についても偉ぶることが無いし、かと言って卑屈になることもなく、自分の仕事に誇りを持って励むのではないかと思っている。

ソフトウェアを開発する過程でイロイロな工程がありますが、その中の役割で「重要ではない工程」なんて殆どありません。だから、それぞれの工程を担当する人同士に上下なんてある筈ないんです。

上流工程を担当する=偉いという誤解について(久々にこんなネタ。 - たかふーのブログ



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